腎細胞癌腎盂癌掲示板

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本音でいうと
かぁちゃん(1055)投稿日:2006 年 7 月 24 日 22 時 12 分 <月>栃木県/女性/49才
「おばかでもいい。元気でさえいてくれれば」と我が子が風邪を引いた時、思ったものでした。今、自分が癌になってみて、「これも運命、この人生経験が自分自身を高めてくれる。」などと 体調のいい日は思います。
でも、本当は、「お馬鹿なままでいいから、とにかく生きていたい」と
思ってしまうのも事実です。
時々、隣で寝ている夫の横顔にツーッと涙が光ります。家族も辛いだろうなと思います。
告知を受けて、これから先、母として世話をできるうちはいいが、お荷物になる日が来るかもしれない。子供達にどうやって話そうかと思いました。上3人(大学院・大学生・高校生)は、しっかりと受け止めてくれました。
さて、下3人(中学生・小学6年生・小学2年生)には、重すぎるだろうと思いつつも、転院したガンセンターの帰り、立ち寄ったラーメン屋で、それとなく話そうとしました。さめてしまったラーメンをすすりながら、末っ子が、キューッとしがみついてきて来て、「元気なおかぁさんもお母さん、病気のおかぁさんもお母さん、おかぁさんは、お母さんだよ」と言うのです。
この言葉に支えられ、今、私は、一日でも永く生きていこうと思っています。事難しい事は考えないで、「生きるために生まれてきたのなら、とにかく、最後まで生きる」と自分言い聞かせているところです。
泣き虫の夫が、会社から電話をかけてきて、ままちゃんのご主人の
「父としての想い」に 泣けてしょうがないと言っています。
家は、宇都宮の隣にあります。鹿児島生まれの私には縦に走る雷は恐怖でしたが、おいしいお米と温泉で癒され、しあわせです。
不思議と、歳を取ったせいでしょうか。生まれ育った町にかえりたくなりますね。どうぞ、栃木の夏をご主人と二人、ゆっくりたのしんでくださいね。
お腹の傷を気にせずには入れ日帰り個室温泉も多数あります。
だれもみうちはいないけど、私もいつか、鹿児島に帰ってみようかなぁ.。*(●ゝΘ・σ)σ 





Res:ままちゃん(1063)題名:かあちゃんさんへ
投稿日:2006 年 7 月 27 日 10 時 51 分<木>静岡県/女性/49才
かあちゃんさんの本音 辛いなあ お宅は子供さんたちがまだ幼いしね かあちゃんさんの最初の書き込みからだって 辛さが 充分伝わってきていました。あの頃は 私も不安定で かあちゃんさんに書き込みなんか出来ませんでした。ご主人の涙も辛いですね、、不安 恐怖、、押しつぶされそうなんだよね、以前も書きましたが 夫は 手術終了数日以外は 本当に全く乱れを見せませんでした。その頃 長男が言ったのは「患者が自分からなんだよ、あれがママさんだったらかなり乱れるよ。」それを聞いた私は「??」と思いました。夫が最近言うのには「息子の大手術 次には 慌て者のままさんの自分勝手な手術、、あの頃が心底きつかった」私はまたもや「?」でした。「私の簡単な手術があなたを心配させたの?」私の手術は 将来の予防のつもりでした。それが 夫をそれほど心配させていたとは?最近医療事故が 2件ほどありましたよね?私の近くでも有ったのですが、、私達と同年代でしたよね、人事ではなく思いました。夫の時 次男の時 医師が まず最初に言った言葉 「手術は成功しました。」成功しない事もあるのですよね?時には検査で命を失う事もあるんだ、検査入院して その直後に点滴のショックで 亡くなった方が近くにいました。夫の時には感じなかったのですが 次男の時の医師達の術後の興奮度は すごかったです。私は知らなかったのですが 手術前に息子の病室にいた時に夫の携帯が鳴り夫がしばらくいない時が有りました。「休日なのに会社から?」と聞く私に 夫がにこやかに「ああ」と答えたのを覚えています。その時に夫は 主治医から「奥様には言えませんが、、」と 翌日の手術の危険性のあれこれを聞いたそうです。「フラフラしたそうです」夫は かなり心細くなったようで その夜 長男に「早めに来てくれ」と 翌日の手術立会いをあらためて確かめていました。自分の手術からたった5週間での息子の手術でした。当日の夫は長時間イスに座っているのが出来なくてソファーで横になっているのが精一杯の状態でした。目が真っ赤でずっと目をつぶっていました。夫の時には 私1人で立ち会ったのですが 病室を出てから 帰ってくるまでの約9時間は 心細くどちらの時も長かったです。術後 息子の乗るストレッチャーを押してきた麻酔科の気さくで感じの良い若い医師は 興奮してスキップ状態でした。夫の時も担当くださっていて「いや〜〜良かったです、、最近やった事もないほど大掛かりで 腫瘍は見たこともないほど大きかったですが全て上手くいきましてね、、それに出てきたものが お父さんのとは全然違いましてね〜〜」と本当にうれしそうに夫に話し掛けてくださいました。私が 自分の手術後おぼろげに覚えている事 それは私の不安定な状態を理解してくれていた外科の医師の「成功したぞ〜」の私を覗き込む大きな顔でした。次には当日の夕方 息を弾ませて「ほい起きろ 病理は心配なかったぞ 安心して休めよ」と自分の事のように真っ先に報告に来てくれたのがわかりました。かあちゃんさん 死亡事故の起きたのがすぐ近隣でしたので 夫と話したのですが親子で7回入院し 大小の5回の手術をを受け 今無事に生きている その事って 当たり前ではなく すごくありがたいことなのですよね? 幸運なのですよ、昨夜本田美奈子さんのテレビを見ました。息子は11月5日に緊急入院していました。あの頃は自分の病状が何もわかっていないのに 病室では 本田美奈子さんの事を報道するテレビを黙って見ていたのを思い出しました。私は 後で聞いたのですが息子は「自分は死なない」と 何故か何となく確信出来ていて ごく普通の精神状態であれを見ていたそうです。死をシュミレーション出来なかった、だから 大丈夫だと思った」と言います。かあちゃんさんあの頃「夫は 子供達はもう自分がいなくなっても大丈夫だからそれだけでも気楽」と言い 次男は「僕には守るべきものがないから気楽」と あまりに冷静な状態を不思議がる私に言いました。「残される可能性のある私はどうなるんだ」とは 言えませんでしたが。夫のあの頃の心中を思い涙してくださったご主人、、守り育て上げなければいけない宝物のまだ幼い子供達のいるご主人の心を思います。
かあちゃんさん 宇都宮では 何よりも みんみん 満員ならば 正嗣、、です。
安いし美味しい、焼きも水餃子も美味しい夫の実家も宇都宮の隣です。夫は 高校大学と宇都宮です。前回は 学生時代に常連だったと言い 本店をレンタカーで捜しました。宇都宮って運転が 乱暴じゃないですか?まあ、、夫曰く のどかな静岡は 全てが穏かでノンビリなのでしょうが、、思わず逃げ出したくなる尋常ではないあの地響き、、縦に走る雷って言うのですか?怖〜〜ですね。かあちゃんさんのやさしいご主人様へお伝えくださいな 夫は 検診が終わり とても元気です。8ミリの動脈瘤君とはずっとお付き合いをしていかなければなりませんが 免疫に良いと言われる事は継続実行しています。また 息子も元気です。やっとですが 以前は心配で 私が新幹線などで毎週通っていましたが 最近は 食事を冷凍冷蔵で宅配してもらっています。クロネコヤマト さんに感謝です。
かあちゃんさん 雨が上がりたまった家事が忙しいですね?ところでmisaさんのお父様は退院されたのかな?三川様 皆様 長くなりました申し訳ないです

Res: 三川(1071)題名:生きていたいは当然ですね
投稿日:2006 年 7 月 27 日 15 時 45 分<木>東京都/男性/58才
 かぁちゃんさんこんにちは。
確かに癌になってみて、それまで死を意識することなくのんべんだらりと生活していたときと違い、楽しく充実した日々を送れるようになったと思います。
人間いつかは死ぬわけですが、その死を本当の意味で意識できたのはやはり癌になったからだと思います。
ですからかぁちゃんさんが言っている「お馬鹿なままでいいから、とにかく生きていたい」「生きるために生まれてきたのなら、とにかく、最後まで生きる」という気持ちは、死を意識したから生まれた強い気持ちだと思います。
私は当然の気持ちだと思います。したがって私は自分の気持ちに正直に生きようと決めました。
ストレスをためず楽しく自分の思ったように生活をしています。
でもあまり忙しくしていると娘が心配してくれます。
楽しんでいるので昔のただ忙しいのとは比べものにならないですけど、でもありがたいです。

 ままちゃんさんの家族のみなさん、いい方向にいっているようで本当によかったですね。
みなさん充実した生活を送り、癌に負けないで最後まで生きましょう。
http://toubyounomori.mikawanomori.com

Res:かぁちゃん(1074)題名:感謝
投稿日:2006 年 7 月 28 日 0 時 15 分<金>
みなさま、ママちゃん、三川様、励ましてくださって、         本当にありがとうございます
みなさんが,ぎりぎりのところで、踏ん張って、泣き言を言わず
生きるために治療法を模索している掲示板で、心のうちを表してしまい、
本来の趣旨と違った事を反省しましたが、掲示板を立ち上げてたくさんの
経験をされた三川さんが、きっと受け止めて下さるよ と夫に言われ、
同じ苦しみだけではなく、生きている事の幸せを分かち合える仲間の居る
喜びを感謝します。
今、夫と共にカウンセラーになろうと、勉強を始めて、2年になります。
夫は、会社で悩んでいる方々と共に、私も癌になる前は、子育て支援の
為の勉強でしたが、いつかは、病気と闘う人のそばに寄り添えるように
なりたいと思うようになりました。そのためにはこの先、何年も勉強
しなくてはなりません。八月は合宿が2回もあり。夫と同じ教室で、
女子大生になったみたいで新鮮ですよ。
「事実は変わらないけど、考え方次第で、楽しく生きられるようになる」
カウンセリングは、そんな勉強です。
みなさんも、苦しい時、一人で抱え込まないで、お近くのカウンセラーを
訪ねてみませんか?私はまだまだ未熟ですが・・・

手術日が決まりました
try(1072)投稿日:2006 年 7 月 27 日 20 時 19 分 <木>東京都/男性/25才
皆さん、ご返信ありがとうございます。励まされてばかりで申し訳ありません。。今後母の治療が進んでいくことで皆さんと同じように苦しい経験をすることになると思います。今後ともよろしくお願いいたします。
突然ですが、手術日が決まりました。昨日の時点では9月の中旬になる、と言われていたのですが、キャンセルが出たらしく、来週末に手術をさせて頂けることになりました。それとも病期が想像よりも悪化していたため前倒しで治療することになったのでしょうか。母が担当医に確認した限りでは、「急いでらしたようなのでご連絡しました。病期に変化はありません。」ということでした。担当の先生は、きちんと状況をお話してくださる方ですし、うそをついているとは到底思えないのですが、悪い想像ばかりが膨らみます。
でも、みつるさんがおっしゃるとおり、あれこれ心配しても仕方がありませんし、切ってみなければ分からないことも多々あると思います。気持ちを切り替えて頑張ります。
術後は化学療法が待っているかもしれませんし、そうでなくても常に転移の恐怖があると聞きます。母も少しずつその現実を受け止め始めています。それでも「術後は前よりずーと元気になる」ことを信じています。
また経過を報告させて頂きます。

ありがとうございます!
try(1061)投稿日:2006 年 7 月 26 日 21 時 50 分 <水>東京都/男性/25才
としちゃんさん、みつるさん、早速のご返信ありがとうございます!皆さん、大変なご苦労をされたんですね。私の母も全摘手術を行うことになると思います。同様の病気に打勝ち、元気に過ごされている方と、こうしてやりとりができるだけで励みになります。本当にありがとうございます。
どうしてものんびり構えていることができず、今日、母が今月始めに地元の病院で受けたMRIの検査結果をS病院に持ち込み、話を聞いてきました。すると、先週そのS病院で受けたCTの結果が出ており、検査結果を伺うことができました。
不思議なことに、地元の病院のMRIの結果では「病名:腎盂がん、病期:T2〜T3、転移の可能性:高い」と言われたのに、大きな病院のCTの結果からは、「病名:腎細胞がん、病期:T1b、転移の可能性:低い」と言われました。がんであることには変わりありませんが、全く異なる検査結果が出ました。そういうものなのでしょうか?母は抗がん剤投与を拒絶しているのですが、「おそらく投与の必要は無いでしょう」と言われました。今日診察してくださった先生のお話は非常にわかりやすく、無知な私の変な質問にも丁寧に答えてくださったので、母も私も全面的に信頼を寄せています。そのような信頼できる先生にめぐり合えたことは感謝しないといけないな、と感じています。また、今日行った病院は腎がんの症例も多く、経験豊かであること、最新機器が備わっていることを鑑みても信頼度は極めて高いと考えています。診察後、母の表情も一変して明るくなり、私も安心して午後から会社に出社できました。
治療の開始時期については、やはり9月に入ってからになるそうです。もちろん不安ですが、その先生を信じて母と一緒に頑張ろうと思います。
みつるさんがおっしゃるように、「情報が無い」ということが何より不安です。これからさらに検査が進み状況が悪化する可能性は十分ありますし、術後に転移が発覚することも多々あると聞きますので、心と知識の準備だけはしておこうと思います。
一昨日からこのサイトを何度も読み返しているうちに、皆さんが他人とは思えなくなってきました。当たり前のことですが、皆さんもくれぐれも無理はなさらずどうぞ身体をご自愛ください。

Res:みつる(1062)
投稿日:2006 年 7 月 27 日 6 時 30 分<木>
昨年の今頃に告知を受け、しばらくは毎日何時間も情報を集めていましたがなかなか思うようには行きませんでした。それでもおかれた状況がわかってくるとだんだんと落ち着いていきました。tryさんもそんな状態ではないでしょうか。
画像でそれらしいものが確認されれば、取るしかない。もしかしたらなんでもないのかもしれない。様子を見るというわけにもいきませんから取って病理検査の結果を待つしかないのが現実です。
家内の場合は病理検査で初めて腎盂癌とわかりました。それまでは腎臓癌と考えられていました。
画像も確実ではありません。家内の場合、MRIには反応があったものの、造影剤を使ったCTでもエコーでも腎臓には本当に何も映っていませんでした。しかし、腎臓全体に広がっていました。
これ以上はあれこれ考えても仕方ありません。病理検査ではっきりと状況がわかるとそこから治療の方針が出てきます。
それまでは落ち着いて日常生活をおくられることが大切です。
あれこれ心配してストレスがたまるのはよくないことで、癌にもよくない。(ストレスが免疫力に影響を与えるということです)
お大事にしてください。

Res: 三川(1069)題名:まずは情報を集めてください
投稿日:2006 年 7 月 27 日 15 時 08 分<木>東京都/男性/58才
 tryさん初めまして。
このところ忙しくてレスできなくてすみませんでした。
みつるさんやとしちゃんさんがレスしてくださったのでよかったです。

 さて、確かに腎細胞癌の情報は少ないですが、この掲示板にはたくさんの方たちの経験や報告がありますので、まずきちんとした情報を集めてください。
また、私のホームページにも基本的なことについてはQ&Aとしてまとめてありますので、よかったら見てください。
手術の方法1つをとっても術後の回復が違います。インターフェロンをどうするかの問題もあります。
様々なことをきちんと把握し、どのようにしていくか、そして納得いく方法を、担当の医者と相談しながら決めていってください。
腎細胞癌は、幸いにも腎臓が2つありますので、1つとっても残りの1つで十分カバーしてくれます。ですから手術後早い時期に社会復帰でき、本当に普通の生活ができます。
幸い初期のようですので、その後定期的な検査を受ければ普通の人と変わらない生活ができると思います。
ただ腎細胞癌は10年経っても再発することがあるので定期検査は絶対にかかせません。
私は間もなく4年半になりますが、普段は癌だと言うことを忘れています。
みつるさんが書いているように、ストレスは最大の敵です。お母様がゆったりとした気持ちで過ごせるようにしてあげてください。
また何かあれば書き込んでください。みなさん親切に答えてくださいます。
頑張ってください。
http://toubyounomori.mikawanomori.com

Res:コスモス(1070)題名:応援してます。
投稿日:2006 年 7 月 27 日 15 時 09 分<木>東京都/女性/55才
tryさん:
始めまして、コスモスといいます。
6月で術後2年経過しました。
私も自分が病気と知ったとき悲しくて落ち込んで・・・。
この掲示板で救われた一人です。お母様のこと心配ですね、
でもCTの結果で少し落ち着いたのではないですか?
お母様も不安な毎日だと思います。
私は9cmもありました。もちろん悪性の腫瘍です。
術後しばらくはきついですが、前よりずーと元気になります。
信頼できるドクターにもめぐり会えたのですから、もうゆっくり手術の日まで過ごしてください。
一生懸命に調べてくれる息子さんを持って、お母様は幸せですね。
きっと大切にあなたを育ててくださったのですね!
この掲示板のみんなが応援してくれます。
頑張ってお母様を支えてあげてください。

改名します。
himiko(1057)投稿日:2006 年 7 月 25 日 12 時 15 分 <火>女性40才
この度、HPを開設した関係で、ハンドルネームを「misa」から「himiko」に変えました。
「himiko」と言う名前にはちょっとワケがあって、決して「卑弥呼」からとったわけではないですよ〜 f(^^;) ポリポリ
まだまだ、三川さんのHPに比べると遠く足元にも及びませんが、時間のある方は覗きに来てください。
また、掲示板に一言書いていただけると大変うれしいです。
・・・と、連絡ついでに宣伝してごめんなさい<(_ _)>


http://www.geocities.jp/himiko3366/

Res: 三川(1068)題名:ホームページ開設おめでとうございます
投稿日:2006 年 7 月 27 日 14 時 34 分<木>東京都/男性/58才
 himikoさんこんにちは。
とうとうホームページ開いたんですね。
シンプルですっきりしていていいですね。
さっそく書き込みさせてもらいました。
お父様が甲状腺乳頭癌で再発し、昨日退院されたそうでよかったですね。
私は癌ではないのですが甲状腺腫で昨日、年1回の定期検査に行ったところです。
今回も変化なければいいのですが。
結果は8月10日に聞きに行きます。
お父様も大事になさってあげてください。
http://toubyounomori.mikawanomori.com

頑張ろう
ままちゃん(1047)投稿日:2006 年 7 月 23 日 0 時 44 分 <日>秘密/女性/49才
こんばんわ 
今朝 慌てて ちょびりん様へ書き込みをしてしまったままちゃんです。
自己紹介もせず 失礼をしました。
昨年の10月5日は 夫が ドックで腎ガンの告知を受けた日です。
午後からは いつもどうりに 出社の予定でしたが帰ってきませんでした。
心配でした
電話があったのは 午後3時30分でした、、。
あの時から 私は ここのお世話になってきました。
今月の19日 夫は 手術後2回目の4カ月おきの定期検診を
やっとの思いで終えました。

ここのリンクの方もそのような事を 書かれていましたが
私は その喜びよりも 緊張と疲れで フラフラ状態でした、、。
夫は その前に受けたドックで 左腎腫瘤が 指摘されていたのです、、。
「腫瘤??」3月には何もなかったのに、2.5センチ??、
再発? 透析?? 
しかも 夫は 手術前のMRIで 残した左腎に小さな動脈瘤もあることがわかっているのです。
その後の 精密検査のドップラーエコーで 
腫瘤が1.2センチの のう胞らしい事は 技師に言われていたのですが 
CT検査の結果がわかるまでは 気が気ではありませんでした、、。
主治医は 最初から「早期での転移 再発は 有り得ない、、」と
 自信ありげに断言していました。
{早期での??)
ともかく やっと 手術から8ヶ月が過ぎました、、。
次は 11月です。(術後1年です。)
昨年の10月5日、、あれから 私達には 信じられない事が 次々と 
これでもか  これでもかと起きました。
張り裂けそうな思い 不安、、恐怖、のた打ち回るような思い、、
立っているだけが精一杯のような毎日でした、、。
8ヶ月間の間に 夫が3回 息子が3回 そして 私も?1回入院しました。
(あの、、入院って なかなか出来ないものですよね?)
夫は 昨年の10月24日に右腎ガンの手術を受けました。
11月3日に退院をしました。
そして その5日後に 病理結果を聞きました。
T1b 5×5×4.5 転移浸潤なし 悪性度は GI≦G2でした。
私は 告知された頃 ガン=死と思い込み 顔面蒼白の初対面の私に 
夫の病状を説明してくださる医師の話を冷静に聞くことが出来ず 
「私の夫は あとどの位生きられるのですか?」 と 聞いてしまいました。
夫が 「不器用ながら真面目に人生50年を生きてきた自分の第六感を信じてこれからの全てをお願いする」と言っていた主治医は CT画像を指しながら
支離滅裂な私の問いに 冷静に答えてくれました。 
「手術をうけてくれるのなら ご主人の寿命は 私には 想像出来ません、、
この腫瘍の形がすごく良い 癒着も浸潤も見られない、、悪い所見がない」
あの頃の私には これらの言葉も内容も理解は出来ていませんでした、、。
ともかく  主治医の事前の予告?予想?どうりに過ぎていきました。
私達は 退院してから 数日は半信半疑のような生活をしていましたが
「私達って 普通に暮して良いの?」また
「何とかして立ち直らなければ、、」と
前向きに少しずつ思えるようになったのは 病理を聞いた5日後でした、
信じられないような 悪夢が始まったのは 本当にずばりその時でした、、
夫と話していたその時に 電話が入り 私が出てみると 大学生の息子でした。
うわずった声で 叫ぶように そして震えてもいました。
「僕です、、今 病院です、、血尿がありました パパと同じ病気です、、
僕のは どでかいそうです  すぐに緊急入院の手配してください、。」
私は 「帰っておいで、、、」としか 言えませんでした、、。
前日の夜 元気に話した息子の腎臓に腫瘍??
息子は 翌日に緊急入院をして 11月28日に 主治医曰く
今時滅多にない大掛かりな大手術を受けました。
腫瘍は 直径が14センチありましたので 勿論 大開腹手術でした。
逆L字に 当時は 傷が60センチ以上は ありました、、。
親子で 1ヶ月おきに 同じ内臓の手術など 滅多にありませんよね?
遺伝を思い退院間もない夫は 肉体的精神的にも さぞかし 辛かっただろうと 今は思います。
私も 辛かったです、、何が何だか 理解不能でした。
家族5人と私の母、、他には 知らせませんでした
相談する気力も勇気もなかったです。
夫を息子を 失うわけにはいかない、、その事ばかり考えていました。
夫がストレスで再発しないのか?息子はガンなのか?
息子の将来は??将来もないのか?
私は 不安が大きすぎたのか 泣く気力もありませんでした。
あの頃は パソコンも見なかったし テレビも見れませんでした。
がん患者を2人も抱えて生きていけるのか? 
今思うと 夫と息子は とても冷静でした、、
主治医は 夫に「奥様は落ち着かれましたか?」など聞いていたようです。
夫と私は 腫瘍の大きさから 息子の最悪の事態の覚悟をしていましたが、、
息子の初診の時に 主治医が言ったのは
「いくら探しても 転移癒着がありません 浸潤も見られません 
腫瘍の形がおとなしいです」
その数日後には 「4月には 大学へ行ける」
また数日後には 「1月の試験に間に合う、、」
 手術前には「がんであったとしても かなり良いもの、、」と言われました
かなり時間をかけた病理結果が わかったのは 1月の下旬でした、、
息子の腫瘍は オンコサイトーマでした。
遺伝は全く考えられない、、と書かれてありました
ああ〜やれやれ、、韓流ドラマ並みな奇跡??と思えたのは 
たった数日だけでした。
すっかり病気恐怖症になった私が 人間ドックで 大腸の潜血反応
立っているのが不思議な極度の貧血、、 
やっとの思いで それらの検査を終えたら 
次には マンモグラフィーでの悪性腫瘍の疑い、、、
あれやこれやで  結局 私は 3月に胆嚢手術を受けました。
「そんなに全身麻酔の手術の仲間に入りたいのか?」と夫はあきれ返っていました
今度こそ、、、と思っていたら、、
私が 退院した3日後に おばが 腸穿孔で緊急入院 
その2週間後には 信じられない事に 息子が イレウスで緊急手術を受けました
またまた 目の前で テレビドラマを見ているようでした、、
救急 消化器科 CT検査 外科、、苦しさで弱っていく息子、
外科の外来の騒がしさ  大急ぎで 衣服を脱がされ 息子の靴下 靴が飛び散り あっという間に手術着になりストレッッチャーに乗せられ 手術室に向かう息子
「今度は病理がないからね、、」と言うと 
息子は「ああ、、」と言い
2回目の開腹手術のために 手術室に入っていきました、
息子は あれから 便秘ぎみで もう1回簡単な入院をしましたが
イレウス対策は 自分なりに会得したようです。
術後の疲労感 倦怠感 長時間での集中力の欠如、、などあるようですが
最近は 少しずつ元気になって 日頃の積み重ねのおかげで 留年する事もなく
試験も免除で 大学院へ行けることを喜んでいます、、。
またもや 今度こそ??と 
恐れながら 半信半疑で暮していましたら、、
娘の尿検査での潜血反応 そして またまた 夫がやってくれました、、
ドック検査での大腸潜血反応が陽性になりまして 私が受けた個人病院での
大腸内視鏡検査では ポリープが 取り切れず 
またまた 市民病院での内視鏡になってしまいました。
この時は 3日間入院しました、、
そして 帰宅してから たった1日で 出血のために再入院
この時は 5日間入院しました。
原因は 夫婦でイレウスを恐れた結果でした、、おばかな夫婦でした、。
そういえば 夫は 術後 声がかすれるので 耳鼻科へも通院しています
26歳になる長男は 泌尿器科も人間ドックも受けました
彼氏いない暦19年になる19歳の長女は 婦人科検診を受けました。
市民病院で腹部のエコー検査も受けました。
夏休みには 乳がん検診のために エコー検査を予約しています。
周りは 「かわいそう、、」など言いますが 何事も早期発見ならば、、と
家族内では納得しています。
誰に何と言われようが 笑われようが 検診は 毎年 忘れずに受けていこうと話し合いました。
誰も 経験してみないと 理解出来ない事があります。
9月には 息子の泌尿器科での6ヶ月検診です、、
水曜日に夫の検診の結果を聞いた後 
「9月の息子の検診、、大丈夫ですよね、?」と恐る恐る聞いてしまいました。
先生は「大丈夫ですよ、、」と力強く答えてくれました。
我が家は 市民病院で有名になってしまった異例中の異例な家族ですが、、
主治医の判断は ずっと正確でした。
これからも主治医を信じていこうと思います。
正直 次は何かな?と不安いっぱいですが 
乗り切るしかないか、、と思っています。
先日 無事に検診を終えた時の感動を忘れずに毎日を大切にしていかなければ
と思います、
三川様 皆様 本当にありがとうございます
そしてこれからも お願いします 誤字脱字お許しくださいね





 










Res:かぁちゃん(1052)題名:iいっぱい、いっぱい、しあわせになってね
投稿日:2006 年 7 月 24 日 1 時 54 分<月>栃木県/女性/49才
大変なご苦労をされたんですね。乗り越えて来られた
ままちゃんとご家族、すごいです。良く頑張られましたね。
自分の事なら何とか耐えられる。しかし、夫や子供の
事となると、自分ならどうなっただろうか と考えると
想像がつきません。
病いのなかにあっても、大学に戻ろうと前向きに立ち向かって
いる息子さんもすごいですね。
家族みんなの絆の強さも心を打ちます。
こんなに辛い体験を超えてこられたのですから、これから、
百倍も千倍も幸せになってください。
絶対なれると信じています。
まだまだ、身体のお辛い時もあるかと思います。
どうぞ、無理をなさらないよう、心も身体も大切になさって
くださいね。

Res:misa(1053)題名:大変でしたね・・・
投稿日:2006 年 7 月 24 日 11 時 00 分<月>
ままちゃん、はじめまして
私も家族一丸となって「がん」と闘っています!
我が家は平成15年の6月〜9月の間に父・母・私のがんが発覚し親子3人続けての入院・手術をしたのです。
特に母は父のことで大きなショックを受け、娘である私のことに心を痛め突発性難聴で今も片耳が聞こえません。
どれだけの心労を一度に味わったかと思うと本当にかわいそうなことをしました。
現在、父は転移による再手術のため入院中ですが、お蔭様で順調に回復し、明後日退院です。
母と私は定期検診を無事通過して以前と変わりなく過ごしています。
なぜ、こんな試練が我が家に・・・と思ったりもしましたが、親子の絆はより一層深くなったし、お互いの存在をとても大事に思うようになったし、健康についての話も熱心に交わすようになりました。
なにより生きていることがとてもうれしいと感じるようになりました。
息子さん、良性でよかったですね!
娘さんもきちんと検診を受けていけばきっと大丈夫です。
お父さんが身を持って「健康のありがたみ」を教えてくださったのですね。
お互いこれからもがんばりましょう!!
ここに集うみなさまの幸せをお祈りしています。

http://www.geocities.jp/himiko3366/

Res: ままちゃん(1054)題名:かあちゃんさんへ
投稿日:2006 年 7 月 24 日 15 時 02 分<月>静岡県/女性/49才
おはようございます
投稿など 9ヶ月ぶりでして「後悔 削除したいなあ」と思って来てみました
かあちゃんさん 年齢が同じですね 夫は 55歳で栃木出身です
子供さん 確か6人でしたよね 以前の書き込みを覚えています。
すごいですね、、あなたはエライ!!まだ幼い子もいるのですか?
子供達の存在は 生きていく支えになりますね
ウチは 子供が3人で 長男は今月の26日に26歳 長女も同じ日に19歳
そして次男は5月26日に22歳になっています。
2人で一泊旅行なども出来る余裕も出来始めていて 
最近やっと老後の楽しみなどを話し始めていたところでした。
予定通りだと 次男の就職先も 決定していたはずです。
あれから 価値観も見える景色も変わり そんな事ってたいした事じゃないですね
息子が 今 生きていてくれてる、、それだけで充分なのです。
かあちゃんさん、夫は 先週の検診以来 何か 吹っ切れたように思います。
というか 術後9ヶ月たって やっと前を向く事が出来るようにおもいます。
手術から 夫の免疫が上がりそうな事ってほとんどありませんでした
自分の手術後の療養どころじゃなく 毎日息子の見舞いでした。
夫は 自分の体調 次男の事 病気恐怖症の私の事 その上 仕事でたいへんだったろうな、と思います。心労 ストレス、、怖いですよね?
渦中 私が 何度も「ウチって大丈夫だよね?」と聞き
夫が 「ああ、、」と答える。
その言葉には 何の保証も確証もないのに 私は 少しの間 それだけで充分安心できました。ほんの短い間だけでも 眠る事が出来ました。
かあちゃんさん 「大丈夫、」私は この言葉こんなに素晴らしい言葉だとは
この体験をするまでは思いませんでした。
毎朝晩の息子の回診の時 主治医の「大丈夫ですよ」の言葉もうれしかったです。
息子もそう言っていました。
今もそうですが 主治医の存在は 私達家族の支えでした。
息子と私がお世話になった外科病棟の先生もとても親身になってくださいました
息子は 2回の手術後の傷口が痛まないそうです。
最近 状況を知った人たちに「あなただから 頑張れたんだよ、、私だったらとっくに倒れてるか死んじゃう」など 言われます。
私は 何も言えません。私は倒れなかったしね、、
かあちゃんさん ありがとう 私は 今 とても 幸せです。
今を大切にして 明るく暮し 夫の免疫が上がるようにしたいです。
8月になれば次男が帰ってきます 
留守番をたのんで夫と2人で 夫の家のお墓参りに栃木へ伺います。
宇都宮の雷はすごいですね?
かあちゃんさんの住む所は どうなのですか?
かあちゃんさんとお話できる場所を与えてくださった三川様に感謝です。
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Res: ままちゃん(1056)題名:misa様
投稿日:2006 年 7 月 24 日 22 時 23 分<月>静岡県/女性/49才
こんばんわ
掲示板に来てみましたら 私の書き込みが 真っ先にあって 赤面です
misa様 以前から パワフルな方なんだろうなあ、、と思っていましたが
今 HPへ伺ってみて すごく驚いています。たいへんでしたね。
さすがに あまりな事に 我が家も負けた と思いました。
先ほど実家へ行って 母に報告してきました。
母も驚いていました。
また、辛いのは ウチだけじゃないんだ、と親近感も持てたし 安心もしました。
親子の絆、、泣いていても 何の進歩もないし みんなで頑張るしかないですからね ウチでも 手術の終わった青ざめた弟を見て 長男が 泣いていました。
misaさん 患者ではない私が言うのは気が引けるけど どちらの病気も 自覚症状が出る前に発見できて運が良かったのですよ。
夫は ガン発見前に 滝のような大汗体験がありました。
ガンではなかったけれど 息子の血尿は すごかったですよ。 
息子は大学1年の秋に血尿で病院へ行っています。
あの時 私にもっと知識があれば と 今でも悔しく思います。
そう言うと 息子は 「済んだことは仕方ない、僕は 自分が運が悪いとは
思えない 僕は父親が事前に手術をしていたから 見立てと腕が良いと評判の先生に主治医になってもらえたし イレウスだって 実家在宅中の春休み中になったから 母親が胆嚢を手術してもらった凄腕と評判の外科の先生に 立ち会ってもらえた どちらも安心して臨めた 」と冷静に 振り返ります。
misaさん 本当に辛かったでしょうね、、よく乗り越えてきていますね
乗り越えるしかないのでしょうがね、、
私なんか 悪性腫瘍の疑い だけで 放心状態でした
夫は 「次はママか、2度有る事は 3度あるのかなあ、」なんて ほざくしね
ウチは 患者2人は とても冷静でした。
親子とも全く乱れを見せませんでした。
日々 淡々 としていました。
付き添いが駄目でしたね、、支離滅裂、、でした。
付き添いが 患者2人に励ましてもらったりしていました。
夫は 会社でも そう言われたそうですが 不思議がる私に
夫は 「まな板の鯉だ」と穏かに言いましたし 
息子は「僕の状況じゃ選択の余地はない 全て受けるしかない 
告知も手術も僕だけじゃない 怖くないし 第一僕は 死なない」と きっぱりと言いました。 
まな板の鯉夫は 手術後は よれよれ状態でしたが 息子は 全く強かったです。
「弱った姿も頑張っている姿も見られたくない」と 言いました。
今でも 不思議に思うのですが 何故 あんなに冷静に過ごしていられたのか?
夫婦 親子ですから 演技なんて 通用しません
主治医 夫 息子3人は とても寡黙です。
病状以外の事を気軽に話すような事は有りません ただ 3人には 私には入る事の出来ない男同士の信頼感があるように感じます。
misaさんも 素晴らしい主治医さんがいてくださるようで良かったですね
病気は辛い体験ですが 素晴らしい出会いもありますね
今日は 声を掛けてくださってありがとう  うれしかったです
うれしいと 私の免疫が上がります
明日も精一杯頑張ります 
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Res: 三川(1067)題名:こんなに重なるなんて
投稿日:2006 年 7 月 27 日 12 時 59 分<木>東京都/男性/58才
 ままちゃんさんこんにちは。
このところ忙しくてレスできなくてすみませんでした。
この書き込みを見て本当に驚きました。
こんなに重なることってあるなんて驚きました。
でもそれを家族みんなで力強く受け止めて頑張っている様子に感動しました。
まだまだ大変でしょうがきっと家族の絆で乗り越えていかれることでしょう。
また何かありましたら書き込んでください。
http://toubyounomori.mikawanomori.com

経過報告
takashi(1051)投稿日:2006 年 7 月 23 日 17 時 57 分 <日>大阪府/男性/61才
今日で左腎臓癌摘出手術(ステージ3、大きさ7.5cm)を受けて3年になります。術後1年間インターフェロン注射を週3回継続しましたが効果がなく左肺に1個転移し胸腔鏡手術を受け摘出しましたが去年の4月のCT検査で又、左に2箇所右に1箇所の転移腫瘍が見つかりショックを受けましたが皆さんも頑張って治療されておられるので私も頑張ろうと決意しました。担当医と相談した結果、次の選択肢はインターロイキン2しかないと言われ今現在、週2回のイムネースの点滴を受けています。お蔭様で腫瘍の大きさは1年間3〜5mmと大きくなっておらず担当医は一応効果有りと言うことで現在も継続中です。今後どうなるかしれませんが癌と共存し頑張って行きたいと思います。

Res: 三川(1066)題名:変化なかったのはよかったですね
投稿日:2006 年 7 月 27 日 12 時 45 分<木>東京都/男性/58才
 takashiさんこんにちは。
このところ忙しくてレスできなくてすみません。
1度ならず2度の肺への転移本当につらいですね。
でも1年間腫瘍の大きさが変化しなかったとのこと、インターロイキン2の効果があったそうでよかったですね。
副作用の方は辛くありませんか。
まだまだ大変でしょうけど、癌が暴れ出さないように仲良くし頑張ってください。
その後の経過もよろしくお願いいたします。
http://toubyounomori.mikawanomori.com

1年無事
クボ(1050)投稿日:2006 年 7 月 23 日 14 時 35 分 <日>大阪府/女性/55才
 明日で、夫の腎癌摘出手術1年になります。夫の場合、移植腎のため、毎月診察がありますが、癌の検診は3〜4ヶ月ごとです。はじめは、病院も丁寧に対応してくださっていましたが、このごろは事務的な感じです。主治医も当初から3〜4人変わりました。T3でしたのでびくびくしているのですが、いまのところ転移はなさそうです。免疫抑制剤を毎日服用していますので、危険度は高いと思いますが、なすすべも無いというのはとても不安です。
 そんな中、この掲示板だけが私にとっての救いの場です。三川様はじめ皆様よろしく御願いいたします。

Res: 三川(1065)題名:あまり気にしない方が
投稿日:2006 年 7 月 27 日 12 時 36 分<木>東京都/男性/58才
 クボさんこんにちは。
このところ忙しくてレスできなくてすみません。
術後1年クリアーよかったですね。
どこでも最初の2年くらいは3ヶ月に一度の検査だと思います。
私の場合ですと通常の検査は、血液検査、尿検査、腹部と胸部レントゲン検査くらいです。
そして半年に1度、今は1年に1度のCT検査くらいです。
骨シンチも2年後に一度しただけです。
医者も必要であれば検査をするはずですから。
心配する気持ちは分かりますが、あまり気になさらない方がいいと思います。
また何かありましたら書き込んでください。
http://toubyounomori.mikawanomori.com

tryさんへ
としちゃん(1060)投稿日:2006 年 7 月 26 日 14 時 19 分 <水>岐阜県/男性/71才
お母さんが腎腫瘍との疑い ご心配のお気持ち良く分かります。
私は、今月6日に全摘手術を受けました。
腫瘍の大きさが、5cmということは病期は、「T1b」であり根治が可能と思います。
私は、手術までに約2か月待ちましたが、主治医から /聞圓惑単位では進むが、月単位ではその心配はしなくて良い ⊃婀發蓮摘出したものを検査しなければ、がんであるか否かの断定は不可能である。と言われました。
大きな病院で再検査を受けられた由、納得がゆくまで説明を受けられ最善の
方法での処置をされ、根治されることをお祈りいたします。

はじめまして
try(1058)投稿日:2006 年 7 月 25 日 21 時 37 分 <火>男性25才
はじめまして。「try」と申します。先週、私の母(61歳)が腎盂がんと診断され、混乱しています。何とかして情報を得ようと本屋を見て回りましたが、よく分かりませんでした。「腎盂がん」で検索してもなかなか有益な情報には巡り合えず、そんな中このサイトに辿り着きました。過去のログを拝見し、大変勉強になりました。皆さん、様々なご経験をされており涙が出てきました。手前勝手な話ですが、母のために色々とご教示いただければ幸いです。
母は会社の健康診断で「腎臓に異常あり」と指摘され、再検査の結果「90%以上の確率で腎盂がんである」と診断されました。その担当医からは「こんな状態になるまで放置するからだ、さっさとどこかの病院で全摘しないと予後はない」と言われました(健康診断は毎年受けており、「放置している」という認識のなかった母はショックだったようです)。大きさは5Cm程度(大きさは関係ないと言われましたが..)、「リンパ節にまで転移している可能性が高く、化学療法しかない」と言われてしまいました。
腎盂の腫瘍は良性のものがほとんどなく、がんであることはほぼ間違いない、リンパ節転移しているとなると、厳しい治療が必要になる、ということは何となく理解できました。
それでも検査結果が信じられず、もっと大きな病院に行き、再度精密検査を受け、現在結果待ちの状態です。手術をするにはかなり待ち時間があるそうです。腎臓のがんは進行が遅いと聞きましたが、のんびりかまえていていいんでしょうか?家族としては1日でも早く手術を受けてもらいたいのですが..

Res:みつる(1059)
投稿日:2006 年 7 月 26 日 10 時 54 分<水>
家内が腎盂癌でリンパ節転移、昨年9月に摘出しています。
tryさん、とても心配なことと思います。
情報が大変少ないというものはとても不安にもなってきます。
素人の意見ですが、結論からいいますと、ゆっくりしている余裕はないと思います。
とってみないとなんともいえないものですが、画像診断などで医師として診断できる根拠があるのかもしれません。
手術するのか、化学療法からはいるのかなど、早急に治療の方針を決めないといけないように思います。
仮に全摘出手術をしてもリンパ節転移しているとなると手術後に抗がん剤治療があるように思います。
がん細胞のタイプと抗がん剤の相性で驚くほど効果のある場合もあるとのことです。
手術するにしても多くの場合、一ヶ月以上待たないといけないのではないでしょうか。
この一ヶ月で事態が急激に悪化するかというと、そうではないのでしょうが、大丈夫と言い切れるものではありません。
家内のときは、セカンドオピニオンなどで時間をかけている余裕はないと判断し、最短での手術を選択しました。
画像だけで診断がつくものでもなく、やはり限界があり、取ってみてはじめてわかることも多いのも事実です。(大騒ぎした挙句、手術してみたら実はなんでもなかったということもあるわけですし)

とにかく医師とよく話をされて、一刻も早く治療方針を決め治療を開始されることが必要かと思います。
この先どうなるかは誰にもわからないことですが、悲観することはないです。

自覚症状がないままに進行してしまうようなので、なかなか気付かないのが腎盂癌腎臓癌です。
どうすればよかったなどというのはなかなかでてこないと思います。
それより、これからどうするかを積極的に医師と相談されることが大切だと思います。

やはり入院となりました
ダグ(1030)投稿日:2006 年 7 月 19 日 18 時 56 分 <水>埼玉県/女性/27才
こんばんは、お久しぶりです。
父の胸骨への転移について
書き込みを以前させていただきました、ダグです。
今月はじめにとうとう入院しました。
現在は抗癌剤治療の前に痛みがかなり酷いので
放射線治療を毎日午前午後と各一回ずつ受けているようです。

痛みが本当に激しいようで
最近はお見舞いに行っても物を口にしようともせず
あまり多くを語らなくなってしまいました。

治療による脱毛などはまだありませんが
嘔吐に便秘はあるようです。
まだまだ、始まったばかりです。

本人も家族も頑張りたいと思います。
笑顔が一番さん、お父様の状態はいかがでしょうか?

Res: 三川(1034)題名:頑張ってください
投稿日:2006 年 7 月 21 日 16 時 39 分<金>東京都/男性/58才
 ダグさんこんにちは。
その後の経過の報告ありがとうございます。
入院されたそうで大変ですね。
痛みがかなりあるそうで、本当に辛いですね。
骨への転移はかなり痛みがあるようですね。
なんとか痛みが治まるといいですね。
これからまだ大変でしょうけど負けないで頑張ってください。
http://toubyounomori.mikawanomori.com

Res:笑顔が一番(1048)題名:遅くなってすみません
投稿日:2006 年 7 月 23 日 10 時 04 分<日>山口県/女性
ダグさん、三川さん、皆様おはようございます。
皆様の住まわれているところが梅雨の大雨の被害を被っておられないことを祈っております。
ダグさん、父のことを気にかけて下さりありがとうございます。
書き込みが遅くなって申し訳ありません。
お父様が入院されたとのこと、また痛みが強いとのこと、本当に
おつらいですね。お気持ち痛いようにわかります。
以前書かれていた東洋医学の治療のほうはいかがですか?
父は今は自宅療養中です。
週5日インターロイキン(イムネース)を点滴でうっています。
痛みのコントロールとしては以前書き込ませていただいた抗うつ薬
(トリプタノール)抗てんかん薬(テグレトール)を主体に内服中で、以前
足にあった電撃痛は少々和らいだようです。
痛みのコントロールができないくらい痛みがお強いのでしょうか?
早くとってもらいましょうね。
父の治療の初期の頃、いろいろ調べた中に、乳がんの骨転移のある方が
骨粗鬆症の治療薬であるビスフォナール系のゾメタを点滴投与されていて、周囲に
父には効果がないか尋ねた際、口をそろえて「効果なし」と言っていたのに
今になって「効果あるかも」……憤りを隠せません。
ゾメタは総体的には除痛目的だと思われます。週1回の点滴投与のようです。
あとは整形外科がよく使っているモービックにも関心があります。またどなたか
ご存じの方がおられましたら情報をいただきたいと存じます。

ダグさん、父は痛みがありながらも自宅にいます。幸いにも今は大好きな
お城を写真に納めるべく、旅行に出ています。そのことが父には一番の薬
のようです。
ダグさんのお父様も痛みがとれればいい方向に行くと思えます。
大丈夫です。一緒に頑張りましょうね。
何より、父のことを気にかけて下さったことが私には本当に嬉しいことでした。ありがとうございました。




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